2026年2月24日火曜日

「命と絆の人類学ー奄美与路島の世界(仮称)」目次

 命と絆の人類学ー奄美与路島の世界 (仮称)」      

はじめに

 第一書房から2006年に『奄美与路島の「住まい」と「空間」』を出版した折りには与路島の文化人類学および民俗学の視点で村落調査した結果を2分冊ないし3分冊でどんな形でも続けて報告するつもりでいた。それが兵庫教育大学への長期研修を利用して奄美に関する教育史研究にも着手する機会を得、その中で教育に関わる歴史においては琉球という地域だけに拘らず、時代においても中世から近代までを対象として修士論文という形で簡単にまとめることができた。一方、奄美諸島に関する研究は考古学、言語学や「おもろ」研究を中心に飛躍的に進展しており、奄美諸島の位置づけを現時点で自分なりに総括して、その上で与路島を位置づけてみようと思うようになった。総括といっても厖大な文献を繙きながら、やれどもやれどもきりがないという状態であり、このままでは何年経っても報告できずじまいになると感じだした。そこで意を決してまだ半ばとは感じつつも現時点での研究をまとめて報告することにしたが、まずは原稿がある程度完成している事柄からネットを通して報告することにした。完成できたら出版することもできるかもしれないが、前回の出版の個人負担経験からできない可能性の方が高い。報告できないまま終わるのは忍びないのであえてこういう形で報告することにした。

 論文や報告文章はbloggerの「奄美諸島与路島のフィールドノート」に発表することにして、長文になるときはPDFにアクセスしてもらうことにしている。次の目次にリンクを貼り付けるので利用していただきたい。公開した後で抜けている事柄や、間違いがあればその都度訂正していくつもりであり、完成品としての公開で無いことは前もってお詫びしておかねばならない。


序                              

1 本書の課題

(1)債務奴隷制の再考

家畜と人身売買

身請けと解放

身分と階級

家父長制問題と債務強制労働

(2)作られる時間

(3)生命観と霊魂

  1章 与路の概要              

 Ⅰ 社会の絆と競い

2章 村役組織と神役組織         

  1 島津藩支配下の行政組織と島役人

 2 遠島と流人

 3 ノロと神役組織

  ノロとオアムシャレ

  神役組織

 4 村寄合と自治組織

3章 土地所有と家人         

  1 与路の土地保有

   歴史的背景

   明治以降の土地保有

   現在の土地保有状況

 2 経済活動と家人(ヤンチュ)

   財物性と地位

   家人(ヤンチュ)の人間関係


 4章 家族と親族

  与路の家族(ヤーニンジョ)と家(ヤ)

 共住単位と世帯に示された家(ヤ)

 共住単位と儀礼単位としての家(ヤ)

 家(ヤ)の相続と継承

 位牌と火のカミの継承


Ⅱ 生活と時間


 5章 時間と暦

1 生業と暦((1)) 

 「時間」の観念

(1) 一日のくらし       

 行動のながれ

(2)一年のくらし

 暦と知識

 暦と季節

2 生業(なりわい)のの技術と実践

 (1)農耕と畜産

 水田作物

 畑作

 畜産

3 漁撈と採集

4 職能と労働

3 神人祭祀と暦

 (1) 神人の祭祀「神遊び」

 親ノロの祭祀

 七神人の祭祀

 全神人の祭祀

 (2) 神人の祭祀のモデル

[マッタブの話]

 [米の由来の話]

 [ハブと女の話]

 (3) 祭祀の場での共食と贈答


6章 祝い・遊び・お待ち

1 祝いと競い

「祝い」型祭祀の特徴

2 遊びと憩い

(1)「遊び」の祭祀

(2)「遊び」型祭祀の特徴

(3)「仕事始め」の祭祀

(4)「遊び」型祭祀の特徴

 3 御待ちと祈り

(1)「御待ち」と「拝み」の祭祀

(2)「迎え」「送り」の祭祀

(3)「御待ち」型祭祀の特徴

 4 社会関係の分析


 Ⅲ 生命と霊魂

7章 人格と神格

1 生命観

(1) 霊魂(タマ) と 霊(マブリ)

(2)「タマ」と「モノ」

2 身体観

(1) 身体

(2) 衣

(3)身体に示された方向と生命観


8章 誕生と成長

1、妊娠と出産

(1)出産前

(2)出産

(3)産育に関する考察 

2 幼年期:ワラビと青年期:ニセ

(1)幼年期の生活

(2)子どもに対する行事

(3)青年期の生活


9章 結婚と老い

1 結婚 

(1)婚姻前

(2)婚姻儀礼とその分析

2 老人:オッショーとアンマ 

(1)年の祝い      →祝いと競い

(2)女性と神役


10章 死者と先祖

1 死者

(1)死の前後

(2)葬送儀礼

(3)喪屋(モーヤ)と風葬

(4)特別な死者の場合の扱い

(5)葬制の分析

2 死者の家と家族

(1) 死との分離

(2) 死からの回復

(3) 先祖供養と位牌祭祀

終章


与路島関連の参考・引用文献

与路の概要

与路島関連の参考・引用文献

 







2012年7月27日金曜日

三丁落鼻


 三丁鼻と落殺刑
三丁鼻
桟橋から見た三丁鼻
干潮時の三丁鼻

ある時役人が落殺者をつれて三丁鼻に行き処刑を執行することになった。太陽が東から昇る頃だったという。罪人は、刑の執行前に役人に次のことを懇願した。「太陽を前にして死んでいくのは忍び難い、この世の最後なのでどうか太陽を後ろ向きにして落としてくれないか。」と役人は願いをかなえてあげた。そして落殺の瞬間、罪人は役人をしっかりと抱きしめ奈落の底へと落下していったのである。それ以降、落殺処刑は行われなかったと言われている。[与路島誌:三二][石原2006:233]



前浜(1985年当時)

 前浜 (手前が南)
 トビャラとエンマラク
[石原2006:172、180]
 前浜の南端
[石原2006:172] 
クモデ(現在は埋められて消失)
神人行事が行われた場所
 ウムケ オーホリ

2012年7月26日木曜日

家屋

 調査合宿(1982年2~3月)で使わせてもらった家屋
 家屋の配置
 与路でもっとも古い家屋

船着き場

 向こうに見えるのは請島
手前の船は板付け船に動力をつけたもの
 前代の木造船の「せとなみ」
船着き場付近はまだ埋め立てられていない
シュンヒャン岬と請島(節合わせの島)
太陽の昇る位置で、稲作業の準備や収穫の目安などにした。